2019年9月16日月曜日

平成の振り返り、令和の到来

一応、平成を振り返っておこうと思う。

たまには、でか文字や色付け等をせずに地味に真面目に書いてみようと思う。

まず、平成の大半は、明らかに若者が保守的になっていた。

これは、格差社会であることが原因にあり、さらに、そこから脱出、逆転することが難しい時代であったことがより一層その傾向に拍車をかけたのではないかと考えている。

平成後半までは、銀行、商社、大手メーカー等に入れば一生安泰で高給取りとして生きていけると信じられていた。

そうすると、そういう大手に入ることが正解であり、他方で、挑戦して失敗すると、どこも受け入れてくれない社会になっていた。

要するに、人材の流動性が低すぎるわけで、また、失敗に不寛容な社会であるのだ。

一度固定された地位やポジションをひっくり返すことが困難であるとわかっているのであれば、皆既得権側につくのは当然の結果である。




しかしながら、平成後半になって、その流れは少し変わった。

社会的に少子化の影響が露骨になってきて、人手不足が深刻化した結果、採用側が困難になるし、反対に就職する側は会社を選べるようになった。

また、最近のCMを見てわかるように、転職市場が非常に盛んになっている。

人材の流動性が少しずつではあるものの、高まってきている。

さらに、大手の企業において大規模なリストラが多発している。

特に、安定の代表であった銀行員が大量にリストラされる時代なのだから、もはや何が起こるか本当にわからない。

また、社会にインパクトを与えた人物として、堀江貴文氏、前澤友作氏等のカリスマ社長である。

若者が、短い時間で巨万の富を作り出す、いわゆる成り上がりである。

私自身は彼らのことは好きなのだが、世の中には批判する人は多い。

金持ちに対する嫉妬というものはおそろしいものである。

人は、他人が苦しんでいる分には文句を言わないが、いい思いをしていると隅をつついて文句を言いだす。

私は、彼らこそ一発逆転の星だと思っていて、日本人の若者は、彼らを見習ってどんどん挑戦すべきであると思う。

正直、文句を言っているのであれば、文句のない組織を自分で作ったらいいじゃないかと思ってしまうのだが、そういう人たちは、そういうことは誰にでもできるわけではないと不可能の抗弁を出してくる。

能力がなくておんぶされているのだから、待遇もそれなりなものとなるに決まっているのに文句だけは立派に言う。


平成に続き、令和においても既得権益側は挑戦者を邪魔しようとする。

そういう挑戦者を応援するような世の中に、令和はなってほしい。

そう願っている。

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